「ボート」

30代になったばかりの頃父を亡くしました。
東京生まれ東京育ちの父は幼いころ戦災に巻き込まれ、一晩にして家族の大半を失いました。
その後は残された家族を支えるために早くから働いたと聞いています。
遊び盛りの時分に何も覚えることが出来なかった父は、息子に教えられることが少ないことを残念に思っていたそうです。
母には「正之(私です)が何かやりたいことがあったら、出来るだけさせてやってくれ」と言っていたそうです。
そのおかげでやりたい放題の少年時代を過ごしました(苦笑)。
そうはいっても、父から教わったことはいくつかあります。
その一つが「ボート」。
「覚えておくと良いよ」といって何度か教わりました。
時には海で乗ったこともあります。
水面をすべるように進むボート、きしむオールから落ちる水の音。
今でも時折乗ることがありますが、そのたびに優しかった父を思い出します。