先日の大阪出張の際、中之島にある大阪中央公会堂を訪れてみました。
大正7年(1918)に竣工した地上3階、地下2階という壮大なネオルネサンスを基調としたバロック風建築です。
地階の資料展示室を拝見したところ、この建物が当時一流の建築家による指名式コンペの結果、岡田信一郎氏の設計案をもとに建設されたこと分かりました。
驚いたことに設計案を提出した13名の中に、伊藤忠太氏などと並び大澤三之助氏の名前を発見。
中央工学校第三代校長です。
大正10年(1921)から本校で教鞭を執り、林錬作校長の死去に伴い昭和10年(1935)に第三代中央工学校校長に就任されています。
東京帝国大学工科大学講師を経て、第三回万国美術会議(ロンドン)に日本代表として出席するなど輝かしい業績をお持ちです。
また、三之助校長の妹君は福沢諭吉氏のご長男福沢一太郎氏に嫁がれています。
コンペ案提出時の年齢は45歳(当選案の岡田信一郎氏はなんと29歳)。
三之助氏の提出案が現存していないことが残念です。
昭和20年(1945)の戦災で本校校舎が全焼する災厄の中、同年7月26日に鎌倉にて永眠されました(享年79歳)。
先人の偉業に改めて敬意を表するとともに、背筋の伸びる思いがいたします。
中央工学校第三代校長 大澤 三之助(18号館歴史館顕彰の間より)